また夢をみる・・・
やはりそこは変わらぬ七夜の里・・・
それも鮮やかな色彩で生命を感じさせる光景が・・・
再び俺は森の奥へ奥へと進む。
ふと何か声が聞こえる。
(声?)
今までは声なんて聞こえなかった筈。
それとも聞こうとしなかったのか?
どちらにしても声は俺が向かおうとする洞穴から聞こえる。
目的の場所に近付くにつれ声ははっきりと聞こえてくる。
「・・・・ま・・・・し・・・い・・・ま・・・の?・・・・」
誰かを探しているのか?
小さな女の子の泣き声だ。
しかしこの声には聞き覚えがある。
どこでだ?
高校?
いや違う。
中学?
それでもない
もっと・・・昔・・・そう俺が遠野の屋敷に連れられるよりも前・・・
俺は・・・
そうだ・・・七夜の里で夜、月と星の明かりの中・・・アソンデ・・・アゲタジャ・・・・・・
「ううっ・・・朝か・・・今日は途中で目を覚まさなかったな・・・しかし・・・」
俺はベッドの上で俺は苦い表情で呟いた。
今までの夢は白黒の光景で何かモノクロの映画の様な光景だったのに、今回の光景には色が、生命の躍動が感じられた。
何よりもあの声・・・
「どこかで聞いたんだ。あの声、でも思い出せれない」
あの声の事になると記憶に靄がかかった様に朧げになってしまう。
余りにも遠い記憶なのだろう、明確に思い出すには少し時間が必要のようだ。
コンコン・・・
その様な事を考えている内にドアをノックする音が聞こえてきた。
「失礼いたします・・・志貴様起きられていたのですか・・・」
「ああ、お・・・はよう・・・ございます・・・翡翠さん」
入ってきた翡翠に挨拶をするために俺は翡翠の方に顔を向けたがその途中から敬語になっていた。
率直に言って・・・
「あ、あの翡翠さん?」
「はい、何でしょうか?志貴様」
「何か・・・怒っていませんか?」
「気のせいです」
嘘だ、怒っていないなら全身から吹き上げる殺気の様なものは何なのですか?
怒っていないならその冷たい視線は一体何なのですか?
「志貴様、着替えはここに置いておきます。秋葉様もお待ちですのでお急ぎください」
そう事務的にそれだけ言うと着替えを置いて部屋を出て行ってしまった。
「うーん、どうも今日一緒に居られない事、相当怒っているな」
俺としてはそう結論つけるしか方法が無い。
「翡翠ですらあの状態だ。他の皆も相当きついだろうな・・・」
それを考えると下に降り辛いが、それでも行くしか無いだろう。
「はぁ〜〜〜」
俺は一つ溜息を付くと着替えはじめた。
着替え終え、居間に入ろうとしたがドアの手前で固まった。
冷気・鬼気・殺気、ありとあらゆる負の気配が居間から吹き付けてくる。
はっきり言って入りたくない。
可能なら逃げ出したい。
だがそれも不可能だろう。
仮に逃げ出したとして、その後、悪夢が待っているだけだ。
(せめて、生きて時南のじいさんの所に行きますように・・・)
そう念じて、腹を決めてドアを開けた。
その瞬間、再び後悔した。
「あら兄さんおはようございます」
秋葉・・・そんなに髪を紅くするなんて・・・お兄ちゃん悲しいぞ。
「七夜君、今朝は随分と早いんですね」
「先輩どうしたんですか?法衣なんか着ておまけにズタズタじゃないですか?」
「ああ大丈夫よ志貴。怪我は全く無いから」
「アルクェイド、お前も服が・・・」
「それにしても志貴さんお早いですねー」
「い、いや・・・そうですか?」
「はい、いつもに比べて遥かに早いです」
「うんうん、志貴って私が起こしに行ってもちっとも起きない癖に今朝に限って早いもん」
「兄さん今日がそんなに楽しみだったのですか?」
「そうですよねー、志貴さんったら私達と遊びに行くよりもお医者様に行くのが楽しみだったんですよねー?」
み、皆・・・そこまで言わなくても・・・
「あ、あれ?そう言えばレンは?」
「レン様でしたら御部屋で寝ています」
「寝てる?」
「そうです。レンちゃん何処かの誰かさんが、一緒に遊んでくれない為に不貞寝をしているみたいですね」
「ううっ」
「志貴さん朝ご飯出来ていますよ」
「ああっ!琥珀さん俺朝食は良いです!!」
そう言うと俺はナップザックを片肩で背負うと居間をそのまま脱走した。
こんな空気では飯も喉を通らない。
後ろで皆、何か叫んでいるがあえて振り向かない。
ともかく一刻も早く屋敷から脱走するのが先決だから・・・
「志貴出て行ったわよ」
「琥珀」
「はい秋葉様」
一方、志貴が出て行った後遠野家の居間は瞬時に『七夜志貴浮気調査兼対策兼お仕置き方針本部』と化していた。
「映りました秋葉様」
「しっかりと映っているわね」
「あらレンちゃんが起きてきましたね」
「・・・志貴さまは?」
「もうお出掛けになりました」
「・・・志貴さまの馬鹿・・・」
「うわーレンちゃんも言う様になりましたわねー」
「楽しかったわよー志貴をちびちびといびるのが、こんなにも楽しいとは思わなかったわー」
「ええ、私も兄さんを苛めるのは楽しいですけど今日は格別ですね」
その様な事をぺちゃくちゃ話していると琥珀がディスプレイとスピーカー、そしてもう一つ見慣れない装置の設置を開始していた。
「さてと後はこれを・・・」
「??琥珀さんそれは?」
「あっこれですか、念には念を入れて、発信機を装着させました。これで志貴さんは、どこにいても私たちから逃れませんよー」
「さすがね琥珀、その陰険さと策士ぶり見事ね」
「秋葉様酷いですー」
「シエル、志貴はどう?」
「そうですね、七夜君に変化はありません。どうやらこのまま医者の所に行くようですね」
「ふう・・・怖すぎるよ皆・・・」
俺は電車に乗ると近くの座席に腰を下ろし、近くのコンビニで買った、サンドイッチとソフトドリンクで軽い朝食を始めた。
「こいつはきつい事になるぞ、帰ったらきっと・・・それでも・・・」
そう聞かないと・・・
「さてと、そろそろか」
俺は目的の駅が近付いて来たのをみると、包装紙と空の紙カップを一つの袋に纏めると、席を素早く立った。
時南病院は三咲町から電車2つ昇りそこから降りて徒歩5分の位置にある。
通院にはかなり近いのだが、俺としては余り行きたがらない。
最大の原因はやはりこの医院の藪医者にあるのだが・・・
「あら?志貴君じゃないの。久しぶりね」
「えっ?ああ、朱鷺江さんお久しぶりです。何時戻られたのですか?」
「ええ、一週間前から大学はお休みで、お父さんのお手伝いしているのよ」
「そうですか」
駅から出ると唐突に一人の女性に声を掛けられた。
時南の爺さんの娘、朱鷺江さんだ。
もう一つの理由としては、やはりこの人にある。
最も、この人に関しては苦手と言うよりも気恥ずかしいのが最大なのだが・・・
行き先が同じなので並んで歩く事になった。
「で、どうしたの?今日は」
「はあ、爺さんが『たまには来いと』五月蝿い事この上ないもので・・・」
「ふふっ、じゃあ、お父さん今日は元気ね」
「は?」
「お父さん、志貴君が来ないと老け込んじゃうのよ、『あの小僧の顔も少しは拝みたいものじゃな』っていつも言っているのよ」
「あの爺さんに限ってそんな事は無いでしょう」
「そんな事は無いわよ。何も無い時のお父さんの姿見たら驚くわよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
「はあ・・・それはそうと朱鷺江さん、以前来た時に爺さんが『朱鷺江の奴、ろくな男しか連れてこぬ』ってぼやいていましたけど相変わらずですか?」
その話にどう返答して良いのかわからなかった為、俺は話題を少しずらした。
「ええ、志貴君意外だとお父さん本当容赦ないのよ。持っても一日位ね」
「あの爺さんの相手を一日やれるなら良くやったと思いますけど」
「もう最近じゃあ私に声を掛ける人も出てこないから、お父さんすっかり退屈しているわ。いよいよ志貴君が家のお婿さんにならないと、お父さん退屈で死んじゃうかも知れないわね」
そう言うと朱鷺江さんは形容しがたい視線を向けてくる。
俺に一体どうしろというのか?
気が付くと俺と朱鷺江さんの歩みは自然に止まっていた。
「・・・に、兄さん・・・まさかとは思いますがそのまま雰因気に流されたら略奪し尽くしますよ」
同時刻、遠野家の居間はすさまじい惨状と化している。
志貴と朱鷺江の会話から嫉妬に燃えるアルクェイドとシエルが暴れ始め、秋葉は血の暴走を抑える事も忘れ映像を見入っており、既に絨毯は秋葉の周辺から劣化を始めている。
普段なら室外に逃亡する翡翠と琥珀・そしてレンだが今回は秋葉の後ろに立ち無言で映像を食い入るように見ている。
志貴の行動次第でこの直後、六発の核弾頭が発射される。
すると、それを知ってか知らずか、
「・・・ふふっ、冗談よ」
「ふうーーーやはりでしたか・・・脅かさないで下さいよ。何処で誰が聞いているかわからないんですから」
「ごめんなさいね、・・・それにしても・・・私もあと四・五年早かったら少しは何とかなったかも知れないわね」
「えっ??」
「なんでも無いわよ。じゃあ行きましょう」
二人の会話は再び当り障りの無いものに変わり、それと同時に核弾頭の発射は一時見送られた。
「おお小僧、久しぶりに来たか」
「どうも、ご無沙汰してます」
時南病院に着いた俺を、時南の爺さんはいつもと変わらない口を叩きながら、診察室で出迎えた。
「でどうじゃ?最近の体の状態は?」
「どうもこうも、体には何も異常無し。極めて健康ですよ」
「たわけを申すな。お主の体はつい三・四年前までは三途の川に半分浸かっておった。そのうえ遠野の嬢ちゃんに支えられて生きとった癖に生意気を申すな」
「そうは言ってもなヤブ、最近は貧血も目眩も起こさないんだ。それに遠野家じゃあ規則正しい生活はしているんだ。これ以上気を付けろとなったら・・・」
「そうなったらここに監禁するだけじゃから心配するな」
「おいこら爺、事も無げにそんな事言うな。そっちの方が俺には心配だ」
「まあ良い。その事に関しては、また今度と言う事で・・・さっさとせんか」
「やれやれ・・・わかったよ」
そう言うといつもの通り俺は上半身裸になりこのヤブ医者の前に座る。
「どれどれ・・・よっと」
「うぎゃあああ!!こら!ヤブ!!いつもよりもきつくしているだろ!」
「たわけ、こんなもんで根を上げてどうする・・・よっ」
「ぎえぇぇぇぇぇ!!ギブギブ!少しはゆるめろ!この爺!!」
・・・この地獄の時間は後十数分続いた。
「うわー志貴痛そう・・・」
「七夜君いつもこんな事をしていたんですか?」
「わ、私もこの様な事は初耳でした・・・」
「姉さんは知っていた?」
「いえー先生のお話で整体を行う事は聞いておりましたが、ここまで激しいとは予想外でしたー」
「志貴さま・・・可哀相・・・」
一方居間では、目的も忘れ、時南医師の整体に悲鳴を上げ続ける志貴に、同情の視線を向けていた六人の姿が会った・・・
「こんなもんで良いじゃろう」
「おお、いてて・・・爺さんよ、真面目な話、整体士に転職したらどうだ?そうすりゃ、もう少しは稼げるんじゃないのか?」
「馬鹿を申せ、こいつはお主専用の特別なものじゃ、他人にやったら数分で失神するわい」
「だったらそんな危険極まりない整体を俺にすんな」
一通り整体も終わり、服を着た俺は爺さんとそんな事を話していたが急に、
「・・・ふう・・・全くお主、この頃ますますあの男に似てきたわい」
「あの男?」
「七夜黄理・・・お主の本当の父親じゃよ」
「・・・・・・」
その瞬間、部屋の空気がすっと重くなった。
空気が重くなったのは遠野家の居間も同じだった。
「・・・琥珀、七夜黄理って志貴のお父さんだよね?」
「はい・・・私は・・・と言うより誰もどの様な人かも知りませんから」
「・・・・・・」
「私達が知っているのは志貴様のお父様と言う事と」
「七夜家の前代当主ってことだけですね・・・」
「私達は志貴さまのこと何も知らないのかも・・・」
そんな事を話している内に会話は更に続いていた。
「なあ・・・爺さん・・・」
「なんじゃ?」
「俺の親父はどんな人だった?・・・別に言いたくなけりゃそれでも構わないが」
「そうじゃな・・・お主の事を心底愛していた。これは間違いない・・・その為に一族が滅びる事を覚悟の上で暗殺者から足を洗ったからな・・・しかし・・・あのたわけが、無い物ねだりなぞしおって・・・あの男には手に入らぬものじゃった・・・もっともあの男もそれを自覚していた節もあったが・・・」
「・・・・・・」
「じゃが・・・蛙の子は蛙じゃな・・・結局は退魔士となったか・・・『蒼眼の黒鬼』の異名、裏に関わりの殆ど無いわしの耳にまで届くくらいじゃからな・・・」
「・・・そうか・・・」
「で話はここまでか?」
「ああそうだ爺さん、もう一つ聞きたいんだ。・・・爺さん、あんた『七夜の里』には何度も足を運んでいるよな?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「・・・実はなここ毎晩妙な夢ばかり見るんだよ」
「夢?」
そう訝しげな爺さんに俺はここ毎晩見る夢の内容を正確に話した。
但し鳳明さんの事に関しては何も言わなかったが・・・
「・・・と言う訳だ。おまけに昨夜も見たんだが今までの夢と違って風景に色も付いていたし音も聞こえたんだが、何か心当たりは無いか?」
「・・・・・・」
「爺さん?」
「・・・・・・」
「心当たりあるのか?爺?」
「・・・・・・小僧」
「何だ?」
「心当たりはある・・・じゃが場所は真に其処かどうかはわからぬ」
「??何だそりゃ?」
「じゃから、話は聞いた事はあるが実際に見た事は無いと言いたいんじゃよ」
「話だけで解るのか?」
「わしの聞いた話とお主の夢に出てくる場所の特徴が酷似しておるからな・・・恐らく其処は『七夜聖堂』じゃろうな」
「『七夜聖堂』?」
「ああ、わしも話を聞いただけじゃが、歴代の七夜当主が当主継承の儀式の為だけに用意された、七夜の聖域と言う事じゃ」
「継承儀式の聖域・・・」
「ああ、なんでもそこの明確な場所を知る権限を有しておるのは七夜の歴代当主のみ、他の者に場所が知れぬよう七夜の森の奥の奥を進み、罠と罠の間を潜り抜けてやっと見付けられる様にした。との事じゃよ。黄理の奴から聞いた」
「そうか・・・やはり『七夜の里』に行かないといけないと言う事か」
「小僧、見付けてどうする?」
「どうもしませんよ。ただ何故そこの夢を絶え間無く見るのか?その理由を知りたいだけだよ」
「ふう・・・全くお主らしい。そしてやはりお主は黄理の息子じゃな」
「ふふっ、爺さん、それは俺にとっては最高の賛辞だよ。じゃあな爺さん、代は置いとくから・・・また気が向いたら、ぶらりと来るわ」
「ああ、また来い、ああそれと」
「なんだ?爺さん」
帰ろうとした俺に爺さんはにやりと笑いながら、
「お主もそろそろ嫁のなり手を探せ。見つからぬ様じゃったらうちの朱鷺江をくれてやるからな」
「ぶっ・・・な、何いきなり、とんでもねえ事を口にしやがる!!大体なんでその話題に入る!」
「まあ良いではないか。あれもお主を決して嫌っておる訳ではないからな」
「!!・・・と、ともかく俺はこれでな!!」
俺はそう言うと後ろを振り向く事無く時南病院を後にした。
「ふう・・・『七夜聖堂』か・・・」
病院から出ると俺は、そう呟いた。
まさか里の奥地にそんな代物があるとは思わなかった。
最も、そう簡単に見付けられるものでは困るが。
「行ってみようか・・・そうだな・・・遠出の訓練を兼ねて行くか・・・」
そう呟くと、周囲に誰もいない事を確認すると空を滑る様に、七夜の里に向かい始めた。
「に、兄さん!!その力は使うなと一体・・・」
「あ、秋葉さん落ち着かないとモニターが壊れます」
「そうですよー秋葉様」
「妹落ち着こうよー」
志貴が力を行使する場面を見るや、秋葉は怒りの形相で今にもモニターを壊さん勢いだったが、それもほかの全員の制止によって何とか宥められた。
「それにしても志貴の見ていた夢って『七夜聖堂』の事だったんだねー」
「その様ですね」
「ですがそれだけでは志貴さんの夕べのお言葉の説明にはなりませんよねー」
「そうね。兄さんはまだ何か隠しているわ」
「あっ!」
「どうしたの?翡翠」
「志貴様が・・・もう七夜の里に着きました」
力を行使してわずか二時間後、俺は七夜の里に降り立っていた。
「以前よりも二時間縮めたか」
俺はそう言うと、すぐに当主の館へと向かった・・・が、
「・・・??」
すぐに俺は違和感を覚えた。
「おかしい・・・」
「おかしい・・・」
この言葉に居間の全員がびくっとした。
「こ、琥珀まさか・・・」
「い、いえその様な事は・・・」
「でも志貴まったく動かないよ」
「ばれていますねこれは・・・」
全員が慌てる中、
「違うの・・・」
レンのその一言が全員の動きを止めた。
「違う?レン様それは一体どういう事ですか?」
「志貴さま・・・地面を見ている」
「・・・やはりだ」
俺はかすかにそう呟いた。
地面に俺達のものでない微かな足跡がある。
それこそ普通に見ていればまったく判別をつける事が出来ないほど微かな、微かな足跡・・・
(跡の凹みから体重はかなり軽い。おそらく女性・・・しかし・・・一体・・・)
「一体、誰がここに来たんだ?」
一体どうやって?さらに言えば何の為に?
「足跡から見てつい二・三日前のものだ・・・まさか・・・七夜の者?・・・それこそ、まさかだな」
そうだ、七夜一族はあの日俺を除き皆滅びたのだから・・・
「とりあえず今は聖堂を探し出すのが先決だ。まずは・・・当主の館に言ってみるか・・・」
そう呟くと俺は当主の館跡に向かった。
「・・・あの夢のままだ・・・」
俺はしばらく歩くとそう呟く。
当主の館跡からしばらく進むと、獣道らしき道が茂みの中から現れ、蛇のように曲がりくねった道をそのまま道なりに進む。
それはまさにあの毎夜見た夢のままの光景だった。
(じゃあ・・・あの洞穴の入り口で俺は鳳明さんと?・・・そんな訳ないよな・・・)
「何しろあの人はあの日消えてしまったのだから・・・」
そうだ、アルクェイドが生まれるのと入れ違いで鳳明さんはこの世から姿を消してしまった。
それこそ文字通りに・・・
「ん?あれか・・・」
やがて気がつくと俺の目の前にぽっかりと口を開ける洞穴がある、獣道は中につながり、周囲にそれらしきものは無い。
ここに間違いなさそうだ。
「さてと行くか・・・」
俺は念の為に持ってきた懐中電灯を取り出すとそのまま洞窟に入っていった。
がががががががががががががが・・・・・・
ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
志貴が例の洞穴に入ったとたんスピーカーとモニターからこのような耳障りな音が聞こえてきた。
「うにゃあああ!!」
「こ、琥珀!!どうしたのよ!!」
「うるさいですよ!一旦音を小さくして・・・」
「姉さんどうしたのですか?」
「志貴さまが見えなくなっちゃった・・・」
「あ、あらら、これは弱りましたー」
突然の現象に秋葉以下全員唖然としていたが、琥珀が困ったように、そう呟いた。
「だから、琥珀一体どうしたというの?」
「どうも、志貴さんのお入りになられた洞穴では、電波が届きにくくなっておりますー」
「えーーーっ!!」
「琥珀さんどうにかならないのですか?」
「どうしようもありません。志貴さんが出てこられるか、あるいは電波を遮断しているものが除去されない限り、映像も音も出てきません」
「くっ、こんな事なら兄さんの後を強引にでもつけて行けば良かったわ!!」
「妹じゃ無理よ」
「そうですね三年前の七夜君ならいざ知らず、今の七夜君じゃ私やあーぱー吸血鬼でも後をつけるなんて不可能ですよ」
「じゃあ、姉さん、志貴様がここから出てこない限り、私達は何も出来ないという事なの?」
「そうなのよ翡翠ちゃん。それじゃあ・・・どうしようもありませんからご飯にしましょう」
「ちょっと琥珀!!」
「秋葉様お言葉ですが今の私達には待つ事しか出来ません。ここはしばらく待ちましょう」
「そうですね。出てこない以上は待つしかありませんから」
「不本意だけどしょうがないわね」
「ふう・・・仕方が無いわ。じゃあ誰かがここで映像が戻るのを監視するしかないわね」
「はい。ではこちらの居間でお食事をご用意いたしますの少々お待ち下さい」
こつん・・・こつん・・・洞窟の中を俺は静かに歩く。
「かなり古いな洞窟自体は・・・え?あれ?」
しばらく歩くと俺は立ち止まった。
と言うより立ち止ざるを得なかった。
「行き止まり?そんな・・・」
俺は慌てて後ろを振り向くと出口の光がしっかりと照らされている。途中には分岐すらもない、ただの一本道・・・
「間違えたのか?」
「いや、お前は間違えていない。ここは間違いなく、『七夜聖堂』だ」
俺のそんな呟きに後ろから声が聞こえた。
それも懐かしきあの人の声が・・・
「ほ・・・鳳明さん・・・・ですか?」
俺が恐る恐る振り向くと、
そこには間違いなく、あの人が立っていた。
「久しぶりだな。志貴」
七夜鳳明さんが・・・鳳明さんの魂が・・・
「鳳明さん!」
「久しぶりだ志貴。ざっと・・・千と二年ぶりと言った所か?」
「何を言っているんですか?まだ・・・ああそうでしたね」
「そう言う事だ」
俺達はただ微かに笑いあった。
俺はこの時代の人間だが、鳳明さんは千年前に帰還したのだ。
そして・・・
「あ、あれ?鳳明さん、何故貴方が存在しているのですか?貴方はあの時・・・」
「あの時?」
「はい、貴方は間違いなく消滅したはずでは?」
「と言う事は志貴、お前あれを読んでくれたか・・・」
「はい・・・」
「そうか・・・俺は確かにあの時魂まで残さず消滅した。しかしそれはあくまでも『黒鬼死』としての七夜鳳明の魂の事だ」
「えっ?」
「俺がセルトシェーレに血を吸われる直前、俺の魂は半分死に肉体から分離したんだ。しかし残り半分は死ぬ寸前、セルトによって血を受けそれらは俺の肉体に固定しその結果生まれたのが『黒鬼死』、そう言う事さ。更に言えばその時俺の力の大半は『黒鬼死』が持って行っちまったから今の俺は『直死の魔眼』も使う事も出来ないと言う訳さ」
鳳明さんの説明は俺を呆然とさせるのに十分だったが、それでも俺は納得した。何しろ今目の前に実例が存在しているのだ。
強引にでも納得するとしよう。
「それにしても俺の伝言を信じてくれた事を感謝する志貴。すまなかった」
「い、いえそんな事は・・・てっ、ちょっと待って下さい!まさか、まさかあの夢は・・・」
鳳明さんのそんな一言を聞いた俺は思わず詰め寄った。
「ああそうだ。俺がお前に念を送り込んだんだ」
「えっ?で、ですが・・・」
レンにも悟られることなく、俺にあの夢を見せたと言うだろうか?
「お前の疑問はわかる。どうやってお前に念を送り込んだかだろう?実はな志貴、かつてここにいた七夜当主の魂の中に一族のみに念を送り込むと言う、失われた技術をもった人がいたんだ。その人から技法を教わった」
「なるほど・・・そうでしたか・・・しかし鳳明さん。かつていたと言うのは一体・・・」
しかし、鳳明さんはその問いには答えず
「ここは死んだ七夜の歴代当主の魂が集まる地なんだ。ここで新しき七夜の当主となる者は自らの意識の奥底に眠る潜在能力を覚醒させる・・・七夜達の魂の力によってな。さてと、ここで立ち話もなんだ。志貴奥に行こう。そこで話の続きだ。それにお前に合わせたい奴もいる」
「俺に?一体誰が?」
「それは会ってからだ」
「ですがどこに道が、あると・・・」
そう言うと鳳明さんは、壁の一角を指差した。
それにつられて、よくよく見ると、周囲の壁とは微かに色が違う。
それに触れようとした瞬間、壁がすべて消え、道が現れた。
「ええっ!!」
「何でも太古の七夜の始祖が創った仕掛けらしい。一族以外には決して進入を許さないようにな」
そう言うと鳳明さんは滑る様に移動を開始した。それを俺は慌てて追いかけた。
新たな道を進み始めて十分過ぎただろうか、先に明かりが現れた。
「鳳明さん・・・」
「・・・ああそうだ」
鳳明さんも頷く。
どうやらそこが終点らしい。
そんな時俺は不意にある事を思い出しその事を鳳明さんに聞こうとした。
「そう言えば鳳明さん」
「なんだ?」
「夕べの夢には色彩がありました」
「なに?」
「今までは白黒だったのに、あの夢だけは生命の躍動に満ち溢れていました。それに声も聞こえました」
「・・・それで?」
「小さな女の子の声でした。誰かを探しているかのような・・・悲しげな声で」
「・・・そうか・・・あの子の『お前に逢いたい』と言う思いが俺の念に紛れ込んだようだな」
「あの子?」
そう俺が尋ねた時だった。
「誰ですか・・・」
「??」
明かりから女性と思われる声が聞こえた。
とても弱々しく儚げで、助けを、救いを求める様な声・・・
「あれ?この声・・・」
「鳳明さまなのですか?」
「ああそうだ」
鳳明さんの声に安心したのか、一人の少女が姿を現した。
年は秋葉と同じ位だろうか、くすんだ灰色の長い髪の少女。
印象は声と同じく弱々しく儚げな・・・そしてとても美しい子・・・
「連れてきたぞ。お前が会いたがっていた奴」
そう言うと鳳明さんは唐突に俺を前に押し出した。
その少女は俺の顔を確認した途端不安の色は消え去り、何も言わず俺に抱きついてきた。
顔一杯に喜びの表情を浮かべ、それなのにその眼には涙を溜めながら。
「えええええ???」
突然の行為に戸惑ったがその子の振り絞るような声に全てを思い出した。
「兄様・・・志貴兄様・・・会いたかった・・・会いたかった・・・」
「き・・・君は・・・」
ああ・・・そうだ・・・そうだった・・・どうして忘れていたんだ?この子は・・・俺にとって一番初めに出来た妹の様な子・・・そして・・・俺が幼心に初めて恋をした子・・・
・・・この子と初めて会ったのは俺が五歳だった時、ようやく夜に限定こそされたが外に出ることが許された時だった。
しかし、それでもたった一ヶ所、里の中で入る事を禁じた場所があった。
それは屋敷のすぐ傍にある雑木林の中の小屋。
俺が親父に聞くと「あそこには忌み子がいる」としか教えてくれなかった。
周辺の大人達は皆一往に「忌み子がいるからあそこには近付くな」の一点張りだった。
しかし、その様な事を言われれば余計見たくなるのが人の性、結局俺はその日の夜こっそりその雑木林に入ると目的の小屋に向かった。
しかし、そこには誰もいなかった。
小屋の中には確かに誰かが生活している跡もある。誰かがここに住んでいる事は、間違いない。
すると、何処からか、絞り出す様な悲しげな歌声が聞こえてきた。
そのあまりにも悲しすぎる歌声に俺は導かれる様に、歌の聞こえる方向に向かった。
そこには俺を背にして、俺達を照らす月に向かって歌を歌う少女がいた。
腰まである、くすんだ灰色の髪、その寂しげな横顔・・・彼女を構成する全てに俺はその時、胸が説明しようの無い高鳴りを覚えた。
暫くの間、その子に話し掛ける事もせず、ただ佇み、自然と一体となって彼女の歌声に耳を傾けていた。
やがて俺に気が付いたのか、歌を止めると俺に視線を向け、逃げる様に木の物陰に隠れると、怯えた声で、
「だ、誰?・・・誰なの?・・・またいじめに来たの?・・・も、もうやだ・・・いやだよ」
「僕は・・・七夜志貴・・・ねえそんなに怖がらなくても良いよ。君をいじめに来たんじゃないから・・・」
だが、俺が近付こうとすると
「やだーー!!」
彼女は大声を上げて身を翻して逃げようとしたが何かに躓いたのだろう、その場で転んでしまった。
「い・・痛い・・・う・うわわわああん・・・いたいよーー」
その場で大声で泣き出してしまった。
俺はとっさに近付くと、彼女が何か言う前におんぶをして上げた。
「ひっく・・・」
俺はそのまま背中でしゃくりあげている子を連れて、近くの川に行くと近くの岩に座らせ、擦り剥けている、右の膝小僧の部分に水をかけてあげた。
「ひっ!!」
「ごめんしみた?」
「・・・う、ううん」
そう言うとその子はまた黙り込んで俺に水をかけられるままとしていた。
やがて・・・
「ねえ・・・」
「何?」
「・・・どうして・・・そんなに優しいの?」
「え?」
「私が里の皆から何と呼ばれているか知っているんでしょう?」
「えーと・・・確か『忌み子』だったよね」
「そう・・・私・・・さっきみたいに転んでも誰も心配なんてしてくれなかった・・・逆に石を投げ付けられるし・・・お父さんもお母さんも・・・心配してくれなかった・・・こんな風に心配してくれたの・・・お兄ちゃんが初めてだった」
「・・・」
「どうして・・・ひっく・・・そんなに優しくしてくれるの?・・・えぐ・・・私のこと怖くないの?」
「うーん・・・怖くないよ。最初見た時は・・・可愛いとは思ったけど」
「えっ・・・」
「うん、可愛いと思うよ。それにさっきの歌綺麗だったし」
「・・・本当に?」
「うん!あっそうだ、名前」
「えっ?」
「名前教えてよ」
「私の?名前・・・」
「うん、名前で呼ぶから」
「名前で・・・呼んでくれるの?皆私の事『忌み子』としか呼んでくれなかったのに?・・・えーと」
「志貴、七夜志貴」
「志貴お兄ちゃんは私の事名前で呼んでくれるの?」
「そう!」
「・・・うん・・・うん・・・うん!!私の名前は・・・」
「・・・沙貴・・・」
「はい・・・兄様・・・覚えていてくださったのですね」
全てを思い出した俺は今までの想い全てをぶつける様に俺に抱きついている少女・・・七夜沙貴(ななやさき)に微かに笑いかけた。
「十・・・四・五年ぶりかな?」
「はい、十五年と五ヶ月、二十五日そして三十六時間ぶりです」
「・・・よ、良くそんな細かく・・・」
俺は沙貴から出たあまりに細かさに一瞬絶句した後苦笑混じりにそう言うと、
「だって・・・私にとって・・・あの一年・・・志貴兄様と遊べた時間だけが唯一の・・・そして最高の・・・楽園だったから・・・あの時、志貴兄様に出会えなかったら私きっと『凶夜』に堕ちていた・・・」
「そうか・・・!!お前今『凶夜』と・・・」
「はい、言いました」
「な、何故・・・」
今度は絶句した。
『凶夜』・・・七夜の中で生れ落ちる狂えし超異能力者達・・・一種のタブーとして語られなかった、七夜の闇の歴史・・・
「答えは簡単です志貴兄様。私も『凶夜』なのです」
「!!し、しかし・・・」
「お前の言いたい事は分かる。しかしこの子もまた『凶夜』なんだよ」
今まで黙って俺達のやりとりを眺めていた鳳明さんはそう言って俺の言葉を遮った。
「どういうことです?」
「聞いた事はあるだろう。稀にしか出ない『凶夜』の中でもさらに稀に発現する現象・・・七夜で『悪夢の具現化』と呼ばれた現象を・・・」
「ま、まさか・・・『二重凶夜(ふたえまがや)』・・・」
『二重凶夜』・・・二年前のあの日俺が回収した『凶夜録』に載っていた、過去に一件しかない事例・・・
原因はまったく不明。
しかし事実として、一つの代に二人の『凶夜』が出現すると言う事、そして・・・最も重要な事に、二人の『凶夜』の能力は共に歴代の『凶夜』に比べ極めて強い力を有していると言うこと・・・
「しかし、鳳明さん貴方も知っての通り俺は『凶夜』としては・・・」
「そうお前の場合は極めて特殊な例に属する。しかしな・・・お前が『凶夜』に目覚めてからこの子の・・・沙貴の能力も尋常では考えられない速度で強化されたんだ」
「えっ!!」
「はい・・・八歳の時、急に胸が苦しくなってきちゃって・・・気が付いた時には私の力はこれがないと抑えられなくなったんです」
と言うと沙貴は俺に自分の手を向ける。
今気が付いた。
彼女の細い手を包帯が隙間無く覆っていたのだ。
「これは?」
「私の力が抑えられなくなった時にある女性から頂いたのです・・・これがあったから私は今日まで正気でいられたんです」
「・・・もしかして・・・」
「はい?」
「その人、大きなトランク持っていなかった?」
「はい!お持ちになられていました」
「・・・先生だ・・・」
「志貴兄様あの方を知っていられるのですか?」
「うん・・・きっと俺にこの眼鏡をくれた人だ・・・」
「さてと、話に花を咲かせるのは少し後にしてくれないか?まだ俺の話が終わっていないからな」
しんみりした空気になりかけた時、鳳明さんが努めて明るい声でそう言った。
「!!あっすいません」
「も、申し訳ございません鳳明さま」
俺と沙貴は慌てて鳳明さんの方に向かい合った。
「さて、志貴、沙貴、お前達はここに座ってくれ。少し長くなりそうだからな」
と言いながら鳳明さんは何かの儀式の使われていたのか何かの台座のような物の上に座る様に勧めた。
「良いのかな?」
「でも座れる所と言えばここしかないから・・・」
そんな事を言いながら俺達がそこに座ると
「さてと、話を始めようか・・・志貴・・・それに、沙貴、俺の念の思いを聞いてここに来てくれた事にまずは礼を言いたい。・・・ありがとう」
「いえ・・・」
「それより鳳明さん一体俺達を何故ここに?」
「ああ、・・・実はな、お前達に手伝って欲しい事があってな、それでこんな回りくどい手を使った」
「何なのですか鳳明さま?」
「・・・・・・」
鳳明さんは暫し無言を貫くと、
「志貴、沙貴、お前達に『凶夜の遺産(まがやのいさん)』を消す手伝いをして欲しい」
三話 一話